学習院高等科から東京帝国大学理科大学動物学科、同大学院に進む。1917年(大正6年)、大学院2年在学中、鳥類採集に出かけた朝鮮半島にて新種のカモ「カンムリツクシガモ」を発見。命名者となる。1924年(大正13年)、琉球列島の鳥相に関する研究で東京帝国大学から理学博士号を受ける。鳥類学の学位を日本で初めて取得した人物となった。宮中に入り宮内省主猟官や式部官を務めた。 1947年(昭和22年)から1963年(昭和38年)まで日本鳥学会会頭。 『ジャワの鳥』(2巻 1933-1936)、 Parrots of the World in Life Colours(1975)などの30冊以上の著書がある。